| 志太郡衙の風景 14 | |
◆グンガソムリエの興津さんからの記事(第14弾)を紹介します。 ![]() 志太郡衙跡資料室に展示されている、古代堅魚の製品(推定) 堅魚 煮堅魚 煎汁(いろり) この「月の兎」は私の大好きな説話である。ところで、狐が持ち帰った、「墓屋に人の供え置いた鮑・鰹・魚類」を私は今迄読み過ごしてきた。これは古代の祭祀におけるお供えであり、調としての献上品目でもある。そこで見過ごしてきた志太郡衙跡資料室に展示されている鰹の加工品にあらためて対面した。生鰹・なまりぶし・煮堅魚・削りぶし・堅魚煎汁(いろり)など種々加工品が並んでいる。その堅魚であるが、「水江の浦島の子が堅魚釣り、鯛釣りほこり、七日まで家にも来ずて・・・」高橋虫麻呂(『万葉集』1740)とあり、また舟を追ってきた魚の群れに弓端を差し入れるとむさぼるように「頑な」に食いつくので「頑魚」と名づけたとも『高橋氏文』に記されている。とにかく志太郡衙の時代には海が陸地に入り組んでおり、多分黒潮洋上から海岸までやって来た堅魚が容易に獲れたのであろう。ときに、焼津市歴史民俗資料館で故鈴木兼平さん(焼津市の漁師)の描く「雑漁船」を観たのであるが、簡素な小型木船に万葉人の堅魚を釣る姿が想像できた。 上のことをミュゼふじえだ・八木勝行館長に話すと、「展示されている鰹製品は生鰹(春カツオ)から型どりをしたが、当時の納税期に当たる晩秋を考えると、調として遣われたものとは種類が違っていた可能性がある」と本来のソーダガツオの図を直ちに提示された。 「秋から初冬にかけて漁期になるマルソーダのような腹側に縦縞模様がつかないもので、火を通さずに生で食べると中毒を起こしやすい種類の方が良かったかも」また「鰹の煮汁や煎汁を実際につくってみるとわかるが、日もちがいい。カビが来ないから保存法がよければ何年でももちますよ」。 | |
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