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 志太郡衙の風景 15
◆グンガソムリエの興津さんからの記事(第15弾)を紹介します。


賦役令(養老律令)と木簡

 志太郡衙時代の税制をまとめてみると、大別して租庸調。そのうち調は正調と調の雑物に分かれる。正調は絹・絁・糸・綿布など7種の繊維品を規定量納め、これが不可能な場合正丁(21~60歳までの男子)1人当たり、鉄10斤、鍬3口、海産物29種のうち規定量のどれかを納める。魚介類については、養老律令の賦役令に、「凡そ調に雑物を輸さば、正丁1人に・・・鰒18斤、煮堅魚25斤、熬海鼠26斤、烏賊30斤、螺煮32斤、堅魚35斤、堅魚煎汁4升・・・」。
 「古代の租税のうち調というのは基本的には絹、絁などの繊維製品(正調)を、その土地で生産できるものを納めるのですが、それ以外に特定の特産物がある場合には、その特産物(調雑物)を繊維製品の代わりに収める場合もありました。・・・駿河国のなかでは、木簡などでわかるわけですが、駿河郡辺りは堅魚(かつお)の貢進地域として著名です。また志太郡、庵原郡辺りからも堅魚を貢進した荷札(木簡)が、数はそんなに多くありませんが、平城京で見つかっています。・・・堅魚には大別して荒(麁)堅魚と煮堅魚と二種類あり、史料からみると煮堅魚の方が(正丁一人当たりの貢納量が少なく)高級品だったみたいです」    (『藤枝市史研究 第6号』渡辺晃宏氏の講演記録から略述)
 そして出土した木簡には―
 「神亀元年10月、益津郡高柳郷中家里の他田部目甲の税物としての堅魚が平城宮に貢進される」。「天平7年10月、益津郡高柳郷中家里の宇刀部毛人の調として荒堅魚が平城宮に貢進される」。同じく「天平7年10月、駿河国益津郡から煎(いろり)1升が平城宮に貢進される」。 上は『藤枝市史 資料編2古代中世』の一部を抜き書きしたものであるが、これらの木簡は賦役令第十2項……調はまとめて出し、国・郡・里・戸主・月日を記して、3項……10月から12月末までに納品し終えよ、などの規定に沿ったものであることがわかる。
 「志太・益津郡から平城京までは当時の運搬にかかった日数を2週間程度(延喜式規定では平安京までの往路18日)とみて、堅魚や海藻を保存加工し、期限内納品を実行したもの」と八木勝行館長。
                        

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