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 志太郡衙の風景 16
◆グンガソムリエの興津さんからの記事(第16弾)を紹介します。

s-海藻サラダ

左・フノリ、右・海藻サラダ

「布乃理一籠」を尋ねて

 「天平勝宝6年10月、駿河国志太郡の正丁作物として布海苔一籠が平城宮に貢進される」
 木簡の添えられた布乃理一籠が、郡衙資料室展示物―ワカメ・アラメ・テングサ・ムラサキノリ・ミル―の中でもひときわ眼をひく。これらのうちフノリとミル(海松)は私たちになじみが薄い。海藻図鑑を調べるとフクロフノリ・マフノリは形状が似ている。これは現在も、製品原料として使われているのか。原田海藻さんに、乾したフノリや商品を見せていただき(写真)、話をうかがった。「今でも東北地方ではフノリを味噌汁の具にしていますが、一般的には海藻サラダの具の一部にする程度で、静岡では食材としての需要はありません。昔は洗い張に糊として使われていましたね。ミル(海松)は韓国でキムチに使われるぐらいと聞いています」。
 賦役令に定められる海藻(調)の品目と評価順位は、紫菜(岩海苔)49斤、コモルハ(テングサ)120斤、ニギメ(ワカメ)130斤、ミル130斤、フノリ等160斤、この他アラメ、カジメ、マナカシ(めかぶ)となっているが、堅魚など魚介類に比べれば低位である。しかし当時の植物性食品では紫菜(海苔)は貴重であった。
 さて、藻類が海辺の民だけでなく全国的に広まったのは大陸文化の、特に仏教の導入が要因(精進食)一つだったと推測される。さらに神々への供物としても、含有塩分や加工による保存性からしても、山菜のようなアクが少なく、重宝したのであろう。
 現代の神・祝事に昆布やスルメ・海老・鯛(尾頭付き)などが祭檀に供えられる。そして古代からの鮑やサザエ、これらは生贄の贄(にえ=神、天皇の食事に献上する制度)である。熨斗(のし)袋のデザイン、その中央のひも状のものは熨斗アワビ(鰒)で、熨斗とはアワビを包むための特殊な折り紙。
 「調=みつぎ」は唐代の税制として等価交換の基礎になる品目ではあっても、それ以前から日本においては、地方豪族から天皇(神としての)への貢物としての性格をもつものであった。律令国家は調を神や天皇に捧げ、収穫を感謝し豊作を祈り、しかる後に国家に納めた。何とも慎ましいしきたりではないか。

 参考書:『律令』日本思想体系 岩波書店、『日本の海藻』平凡社、
『鰹節』『海苔』共に宮下章著 法政大学出版部 『藤枝市史資料編2 古代中世』

                        

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