| 志太郡衙の風景 18 | |
井戸をのぞく 志太郡衙跡の広場の一画に、当時の井戸跡が再現されている。こんなものか、と一瞬目をとめはしても、それ以上に関心をもつこともなかった。また資料室には井戸枠が構築されており、見事に組み立てたものだと思ってはいたが、それ以上の感慨はなかった。ところが、越中国守であった大伴家持の一首によって井戸がよみがえったのである。 もののふの八十娘子らが汲み乱ふ 寺井の上の堅香子の花 (万葉集 巻19 4143) (引っ切りなしに、乙女たちが水汲みに来ては笑い話をしているにぎやかな寺の井戸、その寺井のほとりに咲く可憐なかたくりの花よ) あらためて、古代のお寺や官衙などに設けられた井戸に興味をもった。まず手にした資料は『国指定史跡 志太郡衙跡』(1993年 井戸の上部は側板の四隅に角柱を立て、その間にスギ板材が立て並べられている。周辺部には小円礫が散乱しており、石敷きが施してあったとみられる。井戸枠は7~8段(深さ1・65m)積まれ、湧水部には大型礫と曲物(井筒)が埋め込まれていた。 写真と説明を見較べて首をかしげた、「湧水部の大型礫と曲物」の部分。曲物?博物館でこれを訊ねると、椿原、岩木両学芸員が発掘時の詳しい諸資料(写真)を出して答えてくれた。一目瞭然。井戸底には集水と浄水を兼ねて河原石が敷き詰められ、中央部底面をさらに掘り込んで曲物井筒(直径38・5㎝ 深さ15㎝)が据えられていた。現在、郡衙跡広場に復元されている井戸の地中部分については当初、底面も構築されていたのだがゴミなどが投棄されたため、その部分は埋められたとのこと。 このあと、自分の内に想像した井戸を郡衙跡と資料館で再び確かめた。そこで新たに目にしたのが小さな井戸の模型。高さ27㎝・幅13㎝であるが、井桁・井戸枠・集水底部、おまけに釣瓶までついている。壁面パネルには図入りで井戸の解説がなされていた。私は今まで一体どこを見ていたのか! ![]() 井戸の模型 | |
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