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 志太郡衙の風景 19

井戸を歩く

19井戸

 

 井戸といえば、「筒井つの井筒にかけしまろがたけ 過ぎにけらしな妹見ざるまに」

女、返し、「くらべこし振分髪も肩すぎぬ 君ならずして誰かあぐべき」という歌を連想する。井戸の傍で戯れていた幼子同士、お互い逢うこともないまま年月が過ぎた。それが成人して、男は、あれほどの高さになりたいと子供心に願っていた井桁、それがあなたに逢わない間にその井桁を越すほどの背丈になりました、という歌を贈った。女は返して、長さを比べた振分髪も肩を過ぎました。あなたの他に誰がこの髪を結いあげてくださいますか。

 こうして二人は一緒になるのであるが、時が過ぎて女の親が亡くなり生活が心細くなると、想いを育んだ井戸の風景も変わる。詳しくは『伊勢物語』二十三段をお読みください。

 

 上の「筒井筒」は微笑ましいけれど、古井戸になると「番町皿屋敷」など、怨念や水煙が立ち昇って穏やかでない。姫路に行った時「お菊井戸」を覗き、盤珪禅師の産湯の井戸を目前にした。静岡では久能山東照宮境内に、信玄が山本勘助に造らせたという「勘助井戸」、羽衣を見つけた三保の漁師・伯良、その屋敷跡(と伝えられる)、伯良神社に残る「伯良井戸」、次郎長生家の一隅に、産湯をつかった「次郎長井戸」などが実見できる。また浅間神社の「御神水井戸」は井屋もあわせて重厚なつくり。

 さて藤枝では・・・。潮山周辺のある御宅の井戸で、塩分を含んだ湧水を口にしたところ、まろやかな味だった。他に何か由緒のある井戸は実在しているのだろうか。鬼岩寺の「クロ」が飛び込んだあと、水煙天地を覆い、無数の犬が一斉に吠えたというその井戸は、中央小学校の職員室の辺りにあったといわれるが・・・。(鬼岩寺「黒犬神社」)

 井戸端会議も昔語り。千代女の「朝顔やつるべとられてもらひ水」、でこの稿を締めよう。

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