「志太郡衙の風景」
志太の浦を 朝漕ぐ舟は よしなしに
漕ぐらめかもよ よしこさるらめ
(万葉集巻十四 三四三〇)
藤枝市郷土博物館常設展示の志太郡衙コーナーに、上の一首が掲示されている。ボランティアガイドの私には、この歌はどうにも読みにくい。そこで参観の方には、歌の大意だけを申上げる―そのつど歌を暗誦しなければと思いながら。
志太の金比羅山の頂に、この「志太の浦」の歌碑が、その隣に副碑が建っている。その副碑には次のように刻まれている。
「右の歌は万葉集第十四巻に出ている東歌で、この地志太の地名がよみこまれた唯一のものである。歌はここに住む若者の恋をさりげなくうたい挙げた清新の気に富んだものである。歌の文字は桜井淑氏、石は石部義郎氏、彫りは佐野鉄治氏のそれぞれの好意による。若山牧水門創作静岡支社及び万葉・源氏の研究者約七十名が発起し、この歌碑を建立した」 昭和五十三年十月吉日
金比羅山を瀬戸川と反対の方に下りて、志太郡衙へ向かう。途中住宅のあい間に水田が散在する。青島北公民館裏山を登ると案内板がある。そこから志太郡衙跡、ぐるり志太の浦と思われる方向に目をやる―焼津の虚空蔵山、背景に伊豆半島、駿河湾。
作者は朝漕ぐ舟をどこから見たのか。それはともかく、私は、おおよそ古代の御子ヶ谷周辺の水郷を想像できた。
帰宅して、以上を複習している。―漕ぐらめ・かもよ、よしこそ・あるらめ=よしこさるらめ、と繰り返しながら。
歌の意=志太の浦を朝早く漕ぎだして行く舟は、わけもなしにあんなに急いで漕いで行ったりするもんかよ。きっとわけがあるにちがいないさ。(伊藤博著『萬葉集釋注七』)
※桜井淑氏(明治33年生まれ・平成8年没、86歳)は島田市の歌人。若くして若山牧水に師事。
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